第57回長谷川ゼミブログを担当させていただきます。<どん>です。お久しぶりです。あっという間に卒論提出を迎え、口頭試問も終了しました。ゼミ生の皆さんお疲れ様です。あとは成績発表で単位がとれていることを願います!
今回は私が投稿する最後のブログなので、1年間のゼミを振り返り、今後に向けて考えたいと思います。後輩の参考になったらいいなとも思います。
なぜゼミに入ろうと思ったのか
私は、大学3年生の時、4年生でゼミに入り卒論を書くことを決めました。なぜなら大学に入学して以来、大学内でこれといって成し遂げていることがなかったからです。中途半端な学生生活を過ごしていました。入学後サークルに入部したけれど、明確な目標を持たない集団についていこうと思えず1年で辞めました。勉学にも励んでいませんでした。
少し話が逸れますが、学外での生活の話をします。
学外で得たものは多かったです。音楽を奏でたり、英語や哲学などを学んだりしていました。そこで出会えた人達は様々な職業や感性を持っていて、とても面白かったです。人それぞれの価値観のふり幅が広く、考え方の視野が広がりました。バイト先で会った仲間には、大事な事を教えてもらいました。話すと長くなるので、ふーんとでも思ってください。笑
色々な経験を通し、能力や技術のレベルを上げることは、ある一定の努力をすれば可能です。
しかし、思考能力や内面的な部分を高めようと思うと、ひとりでは難しい事であると実感しました。人と深く関わる事により、自分を知ることができました。客観的な意見により、自分の見えていない自分や、新たな視点からの考え方に気付くことができました。
このように、学外の生活ではたくさんの発見がありました。ゼミに入るか悩んでいた際、学生生活を振り返りそして、大学において「何を学んだのだろう」と疑問を持ちました。結果「何もできていないな」と思いました。そこで、“ゼミで一つの事をとことん追求しよう”と決めました。私にとって、学外で得たものが大きい分、学内での達成感のなさが腑に落ちなかったのだと思います。
ゼミに入って感じた事と今後の課題
ゼミ活動では、とてもよい経験が出来ました。とことん調べて完璧な卒論を出せた!という結果とは程遠いですが、今の自分の力の限界を知ることができました。
ゼミ活動は、課題に対する答えを自ら探すよい場所であると思います。具体的な指示やアドバイスが少なく、考えることが多かったですが主体性を持ち取り組めば必ず力になる場所です。今考えると、先生のあの言葉はこういう意味だったのかと感じることができます。
過去の自分に戻って言える言葉があるとすれば、わからないことを有耶無耶にして逃げるなと伝えたいです。しかし、過去に戻ることはできないので、難しくてわからないことについて何が何でも理解するよう努力したいと思います。自分自身の努力が足りない所が多かったですが、今後に活かしたいと思います。
余談
ただ自分の感じたことをつらつらと書いてしまったので『楽観的な人間と悲観的な人間どちらがいいのだろうか?』ということについてお話したいと思います。
先生が口頭試問後に、先生の手厳しいアドバイスがありました。それを受け「今回のゼミを通した活動に対するアドバイスを受け止めてポジティブに考えて」と言っていた言葉にとても納得していました。(一字一句覚えている訳ではないですが、たしかこんな言葉でした。)
ある実験でダイエットする人の調査がありました。統計によると、ダイエットに成功する人は楽観的な人だけどちょっと悲観的な人らしいです。悲観的すぎても「どうせわたしはだめだ」と何も始めることができないし。楽観的すぎても「まぁできるできる」と言ってポジティブに考えますが、具体的行動を成すことができず努力をせずに終わってしまう。また、成功した自分を想像し、脳が勝手に目標到達と認識し努力をやめてしまうこともあります。
しかし、楽観的でちょっと悲観的な考え方をする人は「成功させる!だけど、夜中アイス食べちゃうし、お酒飲むし」と前向きではあるけど、失敗する要因を悲観的に考えます。そうして、起こりうるリスクを認識し防ぐことを可能するらしいです。
つまり、この実験によると、楽観的な考えを持つが悲観的な考えも少し持っている人が目的を達成する確率が高いらしいです。
“どちらがいいのか?”という答えは、人それぞれだと思います。自分なりのベストアンサーを見つけることができるといいですね。ゼミでの活動は終了しましたが。私はこれからも、基本楽観的に生きつつ適度に悲観的に生きて行こうと思います。いままでありがとうございました。またどこかで。<どん>でした。