ラスト〈さんみ〉

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こんにちは。〈さんみ〉です。だんだんと春めいてきましたね。コートも好きですがカーディガンも好きなので、やっとお気に入りの服が着られる!と喜んでいます。

いよいよ残りが少なくなってきた学生生活、謳歌してやるぜー!と思っていたところ、内定先から「入社後テストがあります」との通告を受けました。今までできるかぎりテストの科目を避けていたため、数年ぶりのテストになります。頑張ります。

さて、前回のブログを書き終えてから、私がずっと考えていたことについて書こうと思います。

とある占いで、私を含めたおうし座の人たちは「小さい頃見た風景を大切にする」と書いてありました。私は占いに対して「自分に都合のいい部分だけ信じる」という向き合い方をしているのですが、この占いのこの言葉を読んだ瞬間、今まで違和感を持っていたことが胸にストンと落ちたような気がしました。

小さい頃に好きだったテレビ番組。好きだった絵本。集めていたキラキラの宝石。シール帳。食べていたお菓子。私は成人を迎えて2年が経った今でも、こんなものたちに心惹かれてしまいます。急に懐かしくなってネットで以前よく見ていた動画を漁ったり、駄菓子を買い込んだり。しかし大学の友達と子ども時代の話をしていて、どうやら全員が「幼い頃に想いを馳せがち」ということではないらしい、と知りました。

ふと、お母さんの足の上に頭を乗せたまま2人でテレビを見ていた時のことを思い出すことがあります。なんの番組を見ていたのかも、私が何歳だったのかも覚えていません。ただの日常の風景です。

ですが、もう再現することはできません。好きだったテレビ番組はネットなどを探して見返すことができるでしょう。絵本は図書館や本屋できっと読めますし、キラキラの宝石とシール帳は家の引き出しを開ければ手に取ることができます。お菓子は量が減ったりパッケージが変わったりしているものの、大半はまだスーパーに売っているものを買うことができます。

でも、私がお母さんの足に頭を乗せてブラウン管に流れているテレビ番組を観ながら笑っていたあの時間は、もうどうしたって返ってこないのです。お母さんは床に寝ると腰を痛めるようになってしまったし、私は足に頭を乗せるには身体が大きくなりすぎてしまいました。そして私もお母さんも、なんとなく、でも当たり前のように、そんなことをする歳ではないと思ってしまうのでしょう。年齢の違いによって出来ることと出来ないことがうまれる、と主張するわけではありませんが、あの風景はもう昔のものなのです。

しかし、帰ってこないあの風景の代わりというのもなんですが、今だからこそ見られる風景を得ることが出来ました。

今の私だから見ることが出来た風景。ネイルを通して見る風景や、バーを通して見る風景。

そして、自分の卒業論文を書き終えた後の風景。

私は中学を卒業して以来、大きな何かをやり遂げた記憶がありません(似たようなことを他の人も書いていましたが……)。部活は高校大学と途中で辞め、バイトは消えるように辞め、大学受験は自分でも「日本史勉強してないなあ」という自覚のあるまま力を出し切ることなく終わりました。そんな私にとって「卒論を書き終える」という経験は、かなり力になりました。私でも何かを成し遂げる事が出来るんだ!大学4年生の1年間のおかげで、自分に少しだけ自信を持つ事ができました。卒論を書いた私には、もう怖いものなどありません。今のところは。

さて唐突ですが、私は少し前まで、大人になりたくありませんでした。大人って「責任を持つ役割」「先導するもの」というイメージがあります。私はそういった役目を務めるのがちょっと苦手なので、大人になるのは怖いと感じていました。

しかし、大人になったその時しか味わえない風景はきっとあるはずです。まだ社会にも出ていない私には、まだ見ぬ風景がたくさんあるのでしょう。「大人って結構楽しいよ」「働くのって悪くないよ」と、色々な風景を見てきた人たちに言われました。おかげさまで、やっと最近「大人になるのも悪くないのかな」と思い始めています。

卒論の経験を含めた、今までの22年で見てきた風景を糧に、これからも成長し続けていければと思います。大学の4年間からは、経験と夢と苦労とその他諸々(多くなるので省きます)を得ることができました。成長には、以前見ていた風景がもう見られなくなるなど、寂しさも伴うかもしれません。それでも大人にしか見られない風景のため、努めていきたいと思います。4月からはもう社会人。大人の楽しみを見つけていきたいです。

そのためにはまず内定先のテスト勉強をせねば……。暗記に立ち向かってきます。これも成長。

〈さんみ〉